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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9766号 判決

原告 合資会社 早乙女商会

被告 蒔田一

主文

被告は原告に対し金一一一二万二三六〇円及びこれに対する昭和五一年一一月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

一  原告代理人は、主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

1  被告は、昭和五一年九月四日解散した株式会社秀工舎サン号自転車工場(以下「訴外会社」という)の代表取締役の地位にあつた者であるが、昭和五〇年一一月から昭和五一年二月までの間、原告に対し、訴外会社のためにいわゆる融通手形を振り出すことを依頼し、右振出を受けた約束手形の支払期日までに、訴外会社が原告に対し額面金額と同額の金員を支払うことを約した。

2  そこで、原告は、右依頼に応じ、別紙約束手形目録記載の約束手形二一通(額面合計金一七〇〇万一二六〇円)を振り出し、訴外会社にこれを交付した。

3  しかるに、訴外会社は、同目録記載(七)の手形の決済資金の内金として金五〇万円を支払つたのみでその余の支払をしないまま、昭和五一年三月五日を支払期日とする自己振出の約束手形を不渡とし、そのころ、銀行取引停止処分を受けて倒産した。

4  そのため、原告は、右金五〇万円を除くその余の分については、みずからの出捐により右各手形の手形金を支払うことを余儀なくされ、右各手形の所持人に対し、それぞれ額面金額と同額の金員を支払つた。

5  したがつて、原告は、訴外会社の手形決済資金支払の債務不履行により、右各手形の額面合計金一七〇〇万一二六〇円から金五〇万円を控除した残金一六五〇万一二六〇円の損害を被つたものである。

6  ところで、訴外会社は、原告に対し右融通手形の振出を依頼したころにおいては、経営状態が悪化しており、原告から融通手形の振出を受けても、その支払期日までにその決済資金を原告に支払う資力を有していなかつたものである。

7  しかるに、被告は、訴外会社が原告に対し右手形の決済資金を支払う資力を有しないことを熟知し、もしくは仮にこれを熟知していなかつたとしても、決済資金を調達しうることの客観的な見込がないのに、重大な過失によりこれがあるものと軽信して、原告に対し、前記融通手形の振出を依頼した。

8  したがつて、被告は、訴外会社の代表取締役としての職務の執行にあたり、故意又は重大な過失により、原告に対し、前記損害を与えたものというべきであるから、商法二六六条ノ三により、原告に対し、訴外会社と連帯して損害賠償をなす責任があるものといわなければならない。

9  しかるところ、原告は、その後訴外会社から、右損害賠償債権の一部弁済金として金五三七万八九〇〇円の支払を受けた。

10  よつて、原告は被告に対し、商法二六六条ノ三に基づく損害賠償請求として、右5の金一六五〇万一二六〇円から右9の金五三七万八九〇〇円を控除した残金一一一二万二三六〇円及びこれに対する訴状送達後の昭和五一年一一月二〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する認否として次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4及び5の事実は知らない。

3  同6及び7の事実は否認する。

訴外会社は、昭和五一年三月五日、総額金六〇七九万九二四二円の支払手形を決済することができず倒産したが、それは、訴外会社が融通手形の振出の方法により資金援助をしていた株式会社千曲製作所が、同年三月一日突如会社更生法適用申請をなして一切の支払を停止したことによるものであり、訴外会社が原告に対して融通手形の振出を依頼した昭和五〇年一一月から昭和五一年二月当時においては、訴外会社の経営は順調であつて、原告に対する手形決済資金の支払が不可能となるような事態は全く予想されなかつたものである。

4  同8の主張は争う。

5  同9の事実は知らない。

6  同10の主張は争う。

三  被告代理人は、抗弁として次のとおり述べた。

1  原告の代表取締役早乙女信次郎は、訴外会社の監査役であつた。

2  したがつて、同人は、訴外会社が株式会社千曲製作所と融通手形の交換をするときは、同会社の倒産により訴外会社が連鎖倒産するおそれがあるのであるから、訴外会社の代表取締役である被告に働きかけて、右融通手形の交換を阻止すべき注意義務を負つていた。

3  しかるに、同人は、右融通手形の交換を阻止しなかつた。

4  したがつて、同人に同訴外会社の監査役の職務執行に過失があるものというべきところ、右過失は、原告の代表取締役の地位にある者の過失であるから、原告の過失と同視すべきものである。

5  右のとおりであるから、仮に被告に損害賠償責任があるとしても、原告の右過失は、損害額の算定にあたり斟酌されるべきである。

四  原告代理人は、抗弁に対する認否として次のとおり述べた。

1  抗弁1の事実は否認する。もつとも、早乙女信次郎が訴外会社の監査役として登記されている事実は存する。しかしながら、同人は監査役就任の要請を受けたこともこれについて承諾をなしたこともなく、登記申請書に添付すべき就任承諾書にみずから署名捺印をしたことも第三者にその代行を委任したこともなく、右登記は全く同人不知の間になされたものである。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4及び5の主張は争う。

理由

一  請求の原因1ないし3の事実、すなわち、訴外会社が昭和五〇年一一月から昭和五一年二月までの間原告に対しいわゆる融通手形の振出を依頼し右手形の支払期日までに右手形の決済資金として右手形の額面金額と同額の金員を支払うことを約したこと、原告が右依頼に応じ別紙約束手形目録記載の各手形(額面合計金一七〇〇万一二六〇円)を振り出したこと、しかるに訴外会社は同目録記載(七)の手形の決済資金の内金五〇万円を支払つたのみでその余の支払をなさないまま、昭和五一年三月五日自己振出の約束手形を不渡とし、そのころ銀行取引停止処分を受けて倒産したこと、被告が右融通手形振出依頼時から右訴外会社倒産時までの間訴外会社の代表取締役の地位にあつつたこと、以上の事実は当事者間に争がなく、原告代表者尋問の結果によれば、原告は訴外会社から支払を受けた右金五〇万円を除くその余の手形決済資金一六五〇万一二六〇円をみずから調達し、右各手形の支払期日ごろ右各手形の所持人に対しそれぞれ額面金額と同額の金員を支払つたことが認められる。

したがつて、以上の事実に基づけば、原告は、訴外会社の原告に対する手形決済資金支払債務不履行により金一六五〇万一二六〇円の損害を被つたものというべきこととなる。

二  原告は、訴外会社は右融通手形振出依頼当時、経営状態が悪化しており、原告から融通手形の振出を受けてもその支払期日までにその決済資金を原告に支払う資力を有していなかつたものであるところ、被告は右事実を知りながら、もしくは決済資金調達の見込がないのに重過失によりこれがあるものと軽信して、原告に対し、右融通手形振出の依頼をなしたものであると主張する。

そこで、右主張事実の有無について検討するが、本件においては、右事実を認めるべき直接の証拠はない。

しかしながら、一般に他から融通手形の振出を得てこれを換金することは会社の経営上健全な資金調達方法とはいい難いこと、訴外会社は原告から融通手形の振出を受けた後、短期日のうちに自己振出の手形を不渡とし、銀行取引停止処分を受けて倒産したこと等の事実に基づけば、他に反証のない限り、訴外会社が原告に対して融通手形の振出を依頼した当時においては、訴外会社の経営状態はすでに倒産の危機に瀕しており、その代表取締役である被告は決済資金支払のための客観的な見通しがないままに、原告に対し融通手形の振出を依頼したものと推認すべきである。

これに対し、被告は、訴外会社が倒産したのは、取引先である株式会社千曲製作所が会社更正法適用申請をなし訴外会社に対する支払を停止したことによるものであつて、原告に融通手形振出の依頼をした当時においては、訴外会社の経営は順調であり、原告に対する手形決済資金の支払が不可能となるような事態は予想されなかつたと主張する。

しかしながら、被告は、みずからは書証の提出、人証の申出等の立証活動を全くなさずその結果、本件においては、訴外会社が、原告に対する右融通手形振出依頼当時、その決済資金調達の客観的見通しを有していた事実を認めるに足る証拠は存しない。

もつとも、手続分離前の共同被告吉田博本人尋問の結果及びこれにより成立を認められる乙一五号証によれば、訴外会社は株式会社千曲製作所に対して融通手形を振り出し、同会社の資金繰に協力していたが、同会社が昭和五一年三月一日会社更生法に基づく更生手続開始申立をなし、訴外会社に対する手形決済資金の支払を停止したため、右融通手形をみずからの資金で決済しなければならない事態に立ち至つたところ、その資金手当がつかず、右手形を含め、昭和五一年三月五日を支払期日とする自己振出の約束手形額面合計金六〇七九万九二四二円を不渡として、そのころ倒産したことが認められる。

しかしながら、右事実に基づけば、訴外会社が倒産した直接の契機は株式会社千曲製作所の支払停止がこれにあたるということはいいうるとしても、このことから直ちに、訴外会社が原告に対して融通手形振出の依頼をした当時、訴外会社の経営が順調であつて手形の決済資金調達の客観的見通しがあつたものということはできない。

したがつて、当時における訴外会社の経理内容、株式会社千曲製作所に対する融通手形の金額等が全く明らかにされていない本件においては、訴外会社が株式会社千曲製作所の支払停止を契機として倒産した事実のみによつては、被告が訴外会社の代表者として、手形決済資金調達の客観的見通しを有した上で、原告に対し融通手形振出の依頼をなしたものということはできない。

以上によれば、訴外会社の代表取締役であつた被告は、訴外会社の経営は危機的状況にあり手形決済資金調達の客観的見通しがないままに、原告に対し融通手形の振出を依頼し、支払ずみの金五〇万円を除いてはすべて原告の資金により右手形を決済することを余儀なくさせ、原告に対し前示のとおり金一六五〇万一二六〇円の損害を与えたものであるから、商法二六六条ノ三により、原告に対し右損害を賠償する責任を負うものといわなければならない。

三  原告が右損害のうち金五三七万八九〇〇円につき訴外会社からその填補を受けたことは原告の自陳するところであるから、原告の損害額の残額は金一一一二万二三六〇円というべきこととなる。

四  被告は、原告の代表取締役早乙女信次郎は訴外会社の監査役であるところ、同人には、訴外会社の代表取締役である被告が株式会社千曲製作所に対して融通手形を振り出すことを阻止すべき義務を怠つた職務違反があり、このことは本件の損害について原告の過失と同視すべきであるとして、過失相殺の主張をする。

しかしながら、仮に早乙女信次郎が訴外会社の監査役であり、同人が被告主張の義務を怠つたものとしても、このことが本件の損害について原告の過失と同視すべきものとする根拠は見出し難いから、被告の右主張はこれを採用することができない。

五  以上によれば、被告に対し、商法二六六条ノ三に基づき金一一一二万二三六〇円及びこれに対する訴状送達後であることが記録上明らかな昭和五一年一一月二〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担、仮執行の宣言につき民事訴訟法八九条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口忍)

(別紙) 約束手形目録〈省略〉

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